【大阪市浪速区】ナニワではたらくひと。第3回 新世界の人力車俥夫・河内亜颯さん 「走ること」がすべてだった青年が見つけた新たなステージ

大阪府

通天閣の足元、新世界の街を軽やかに走る一台の人力車。観光客を乗せ、街を案内する俥夫(しゃふ)の姿は、この街ではすっかりおなじみの風景です。国内外から訪れる人々を迎え、新世界の魅力を伝える俥夫たちは、まさに街の顔。連載企画『ナニワではたらくひと。』第3回は、新世界で活躍する若き俥夫・河内亜颯(かわち あさ)さんにお話を伺いました。

人懐っこい笑顔が印象的な河内さん。しかしその笑顔の裏には、大きな挫折を乗り越えてきた経験がありました。
中学生の頃から打ち込んだ陸上競技。スポーツ推薦で高校へ進学し、目標は箱根駅伝への出場でした。「走ること」自体が人生そのもの。毎日ひたすら走り続け、競技にすべてを懸ける日々でした。しかし、高校2年生の冬。足のけがによって競技生活は突然終わりを迎えます。目標を失い、自分の存在意義まで見失ったような毎日。先の見えない時間が続きました。
「陸上しかやってこなかったので、何を目標に生きていけばいいのか分からなかったんです。自分がなくなってしまったかのような感覚でした」。
長く続いた虚無感が募る日々。その転機となったのは、近畿大学に進学してからでした。大学では子どもたちと触れ合うボランティア活動に参加したことがきっかけで、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)のキャストとしても働き始めます。実は河内さんは、自身でも「極度の心配性で人見知りだった」と話すほど、初対面の人と話すことが苦手でした。それでも接客を重ねる中で、「笑顔がいいね」「接客が気持ちいいね」とゲストや職場の仲間から声を掛けられる機会が増えていきます。その言葉が、自信へ。走ること以外にも、人を喜ばせることができる、と気付いた瞬間でした。そして「人を笑顔にできることが、自分にとって一番うれしい」と思えるようになります。
その頃、心の奥にあった「もう一度走りたい」という気持ちも再び芽生え、導かれるように出会ったのが、人を乗せて街を走る人力車の俥夫という仕事でした。

大学生活、USJでのアルバイト、そして俥夫。三足のわらじを履く忙しい毎日。それでも河内さんは現状に満足しませんでした。「もっとお客様に楽しんでもらいたい」という思いから、自費で全国各地の観光地を訪問。お客さんとして人力車に乗り、接客や街の案内、話し方、お客様との距離の縮め方まで、一つひとつを肌で学びました。さらに力を入れたのが語学の勉強です。外国人観光客との会話をもっと楽しめるように。そんな思いで学び続ける中、ある出来事が河内さんの背中を押しました。
台湾から訪れた観光客を案内していた時のことです。「通天閣と台北101では、どちらがどれくらい高いの?」突然の質問に、うまく答えることができませんでした。その瞬間、こう思ったといいます。「もっと国内外の街を知れば、お客様との会話をもっと広げられる。自分の言葉で、その土地の魅力も伝えられるようになる」
その思いを胸に、アルバイトで貯めた資金を使って国内40都道府県、海外15か国を訪問。実際に街を歩き、人と触れ合い、文化や暮らしを肌で感じてきました。その経験は、今の接客にも生きています。相手の国や街を知っているからこそ生まれる会話。旅先での思い出を共有すると、お客様との距離は自然と縮まり、車内には笑顔が広がります。

河内さんには、今でも忘れられない出来事があります。風の強いある日。北陸地方から訪れた親子を、新世界から新今宮駅まで案内しました。いつも通り、お客様に楽しんでもらいたい一心で車を引いた一日。それから数日後、勤務先に一通の手紙が届きます。そこには、「笑顔が良い」「爽快感がある」「たくましい」という言葉とともに、こんな一文が添えられていました。

「私も頑張ろうと思いました。生きがいになりました」

その言葉は、今でも河内さんの心に深く残っています。「自分の接客が、誰かの生きる力につながるなんて、想像もしていませんでした」。高校時代、陸上競技を続けられなくなった時は「あの時間は無駄になってしまった」と思っていたそうです。しかし今は「無駄だと思っていた経験が、ようやく全部つながりました」。競技で培った体力と精神力、努力を積み重ねる姿勢。そして走ることへの誇り。そのすべてが今、新世界を走る俥夫としての河内さんを支えています。

現在、河内さんは大学4年生。来春からは、第一志望だった国内トップクラスのアミューズメント企業への就職が決まりました。目指すのは、子どもたちが笑顔になれる場所づくり。その思いの原点には、自身の幼少期の経験があります。「子どもの頃は家の中で過ごすことが多く、外で遊ぶ機会があまりありませんでした。だからこそ、世界中の子どもたちが気軽に遊べて、思いきり笑顔になれる場所を増やしたいです」

USJで多くのゲストと接し、人力車では国内外から訪れる観光客を笑顔にしてきた河内さん。人を笑顔にできる喜びを知ったからこそ、その舞台をもっと大きくしたいと考えています。俥夫として走る今も、新たな舞台へ進むこれからも「人を笑顔にしたい」という思いは変わりません。卒業を控えた来年2月から3月頃までは、新世界で人力車を引き続ける予定です。

河内さんも絶賛! 仕事終わりに立ち寄るピザ店「画伯」

新世界のまちといえば、串カツ屋さんを思い浮かべる人が多いかもしれません。そんなまちに、新たな人気スポットとして親しまれているのがピザ店「画伯」です。仕事を終えた俥夫たちは、テイクアウトしたピザを楽屋へ持ち帰り、その日の出来事を語り合いながら味わうのが定番なのだそう。「ボリュームがあっておいしいので、仕事終わりによく利用しています。新世界には串カツだけでなく、こんな新しい魅力もあるんです」と河内さん。昔ながらの下町文化と、新しい店が自然に溶け込む新世界。街歩きの途中、俥夫おすすめの一枚を味わってみるのも、新世界の楽しみ方のひとつかもしれません。 

※人が働く姿には、その街の今が映し出されます。大阪市浪速区で働く人々に焦点を当てる連載「ナニワではたらくひと。」は不定期連載として、今後も当地で働く人々を紹介していきます。

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