【大阪市浪速区】再建70周年を迎える通天閣。高井社長が語る、新世界とともに歩んだ70年とこれからの挑戦
1956年10月28日、戦後の大阪・新世界に再建された2代目通天閣。地域の人々の「街のシンボルを取り戻したい」という熱い思いから誕生したタワーは、以来70年にわたり、新世界の街とともに歩み続けてきました。2026年10月28日、通天閣は再建70周年という大きな節目を迎えます。かつては街そのものに厳しいイメージが持たれることもあった新世界。しかし今では、国内外から多くの観光客が訪れる大阪を代表する観光地へと変貌を遂げています。今回、通天閣観光株式会社の高井隆光社長に、70周年を迎える率直な思いから、独自のおもてなし、地域経済への考え方、そして新世界の未来を見据えた新たな構想まで話を伺いました。

70周年を祝い紫と金色で通天閣をライトアップ! NANKAIグループの定期券を持つ沿線利用者を3日間無料招待へ
――2代目通天閣が再建70周年を迎えます。今のお気持ちをお聞かせください。
高井社長: 本当に感謝の気持ちでいっぱいです。私が約20年前に、祖父の代から続く事業を引き継いで入社した頃は、新世界に対してまだダーティーなイメージを持つ方もいらっしゃいました。そこから地域の皆さんと一緒に走り続け、無事に70周年を迎えられることを、心からうれしく思っています。ここまで来られたのは、先人たちが築いてきたものと、地域の皆さんの支えがあったからこそです。
私が約20年前に通天閣観光に入社した頃、年間入場者数は68万5,744人 (2004年4月〜2005年3月)という時期でした。そこから地域の皆さんと手を取り合いながら歩みを重ね、年間入場者数が100万人を超えるまでの大きな変化も経験し、コロナ禍を乗り越えて、2023年度からは3年連続で年間130万人規模を記録するまでに成長しています。 ここまで歩んでこられたのは、先人たちが築いてきたものと、地域の皆さんの温かい支えがあったからこそです。
70歳は、人でいえば古希にあたります。そこで2026年10月28日から11月12日まで、古希を象徴する紫色と通天閣のゴールドを組み合わせた特別ライトアップを実施します。「通天閣が70周年なんやな」と感じてもらい、この街の歴史を共有できたらうれしいですね。
また、一昨年にNANKAIグループの一員となったご縁もあり、日頃から沿線を支えてくださっている皆さんへの感謝を込めて、10月28日から30日までの3日間、南海電鉄や阪堺電車など、南海グループの定期券をお持ちの方を対象に、一般展望台と特別屋外展望台への無料招待を実施します。コロナ禍の特殊な状況を除けば、通天閣の歴史でもほとんど例のない取り組みで、いつも身近にあるからこそ、意外と登ったことがないという地元や沿線の皆さんにも、今の通天閣と新世界の魅力を改めて体感していただきたいと思っています。

ーー 昨年の大阪・関西万博の開催を経て、今年も通天閣の入場者数は好調に推移しているそうですね。
高井社長:昨年の万博開催による特需の余熱が残る中、今年の動向を見ても、例えば4月(10万2,972人、前年同月比約112%)や5月(11万8,176人、前年同月比約107%)、7月(11万8,094人、前年同月比約105%)、8月(13万7,022人、前年同月比約107%)といった各月で前年を上回るなど、入場者数は非常に堅調な推移を見せています。今年3月から踏み切った営業時間の延長などの機動的な施策も奏功し、滞在時間の拡大がしっかりと数字に結びついています。
「通天閣で働いている」と胸を張れる街に変化

――通天閣を訪れると、要所要所でスタッフの皆さんが来場者に声をかけ、温かく迎えている姿が印象的です。
高井社長: 高さだけでいえば、すぐ近くのあべのハルカスさんにはかないませんし、そこを競おうとも思っていません。では、通天閣の魅力は何か。それは、人と人とのコミュニケーションです。
景色を見るだけなら、一度訪れれば満足されるかもしれません。しかし、スタッフのちょっとした声かけや温かい案内があれば、「大阪に来てよかった」「通天閣に来て楽しかった」と感じてもらえる。わざわざ足を運んでくださったお客様に感謝を伝え、心を込めて案内する。その触れ合いの機会を減らすことは、通天閣の経営において避けなければならないことだと考えています。
――スタッフの採用や、現場の雰囲気にも変化があったそうですね。
高井社長: 採用基準はシンプルで、通天閣が好きな人。それに尽きます。好きだからこそ働くことが楽しくなり、仕事に誇りも持てるのだと思います。20 年前の私が入社した頃は、女性スタッフが窓口に一人いるかどうかという状況でした。採用を伝えても、親御さんから「怖い地域だからやめておきなさい」と反対され、辞退されることも少なくありませんでした。私自身も若い頃は、どこに住んでいるのかと聞かれて「天王寺の近く」と答えるなど、新世界という地名を口にするのをためらっていた時代がありました。

それが今では、スタッフが「通天閣で働いてんねん!」と胸を張って言ってくれる。日本人だけでなく、アメリカ、台湾、中国、韓国など、さまざまな国や地域のスタッフが働いていて、自ら語学を勉強しながら、笑顔でお客様を迎えてくれる姿も日常になりました。かつての悔しさを知っているからこそ、スタッフが誇りを持って働いてくれていることには、胸が熱くなりますね。
マニュアルからは生まれない「秘伝のうなぎのタレ」のようなおもてなし
――通天閣ならではの温かい接客は、どのように育まれてきたのでしょうか。
高井社長: マニュアルで決めたものでも、経営陣が一から作ったものでもありません。先代から何十年もかけて、少しずつ継ぎ足しながら守ってきた、秘伝のうなぎのタレのようなものです。大げさに演出されていたり作られたお笑いや芸といったサービスではなく、日々のやり取りのなかで、お客様と同じ目線に立ち、スタッフが自然体で接する。その積み重ねが通天閣らしさになっていますし、ほかでは簡単に真似できない強みだと思っています。
人気アトラクションのタワースライダーやダイブ&ウォークも同じです。設備そのものは、資金をかければほかの場所でも作れるかもしれません。でも、体験の前後にスタッフが声をかけ、コミュニケーションを取りながら送り出すことで、お客様にとっての思い出は変わります。施設というハードと、人によるおもてなしというソフト。その両方が一体になって初めて、通天閣ならではの体験が完成します。
独自性を守りながら、外部とつながる経営へ

――さまざまな企画や投資を積極的に仕掛ける経営者という印象があります。ご自身ではどのように捉えていますか。
高井社長: 周囲からは、勢いよく次々と仕掛けていくタイプに見えるのかもしれませんが、実際には保守的で慎重に判断している部分のほうが大きいですね。先代たちが守ってきたブランドと地域を守ることが、何より大切だからです。その姿勢が、外部からは閉ざされたガラパゴスのように見えることもあると思います。ただ、約20年にわたって取り組みを続け、街も変化し、南海グループという強力なパートナーにも出会えたことで、ようやく安心して門戸を開ける土台が整ってきました。
これまでは独自の端子で大切なものを守ってきましたが、これからはUSB Type-Cのような世界標準の端子に切り替え、外部とオープンにつながっていく。70周年を迎えて、ようやくその段階に入ってきたと感じています。
――コラボレーションや設備投資でも、その考え方を大切にされているのでしょうか。
高井社長: ありがたいことに有名なコンテンツや企業からも、さまざまなお話をいただきます。ただ、判断の基準は明確で「通天閣と新世界が取り組む意味があるか」「そこに物語があるか」。この2つが欠けていれば、どれだけ大きな案件であってもお断りしています。通天閣が取り組む以上、そこにストーリーがなければ、地域そのものを安売りすることになりかねません。
設備投資についても同じです。インバウンドが急増するなか、エレベーターの大規模改修などは、実施時期を慎重に見極めています。仮に今、工事によって入場を制限すれば、通天閣に入れなかったお客様が別の観光地へ流れてしまう可能性があります。これは通天閣観光一社だけの問題ではありません。新世界全体の観光動線が途切れ、周辺の飲食店や商店街の売り上げにも影響することになります。常に街全体、さらには大阪や関西への波及効果まで考えながら経営判断をしています。その責任を背負っているという覚悟は、忘れてはいけないと思っています。
地価の高騰が落ち着くことは、新世界にとって追い風
――インバウンドの増加や開発に伴い、浪速区周辺の不動産価格も大きく動いています。地域経済をどのように見ていますか。
高井社長: 一時期は民泊ブームなどの影響もあり、土地価格が急激に上がりました。ただ、最近は規制などの影響もあって、少し落ち着きを見せています。一般的には、地価は上がり続けるほうがよいと思われがちなのかもしれません。しかし私は、今回の落ち着きを、街にとって健全でプラスの動きだと捉えています。
土地や家賃が高騰しすぎると、大手資本でなければ参入しにくくなります。若い人や、新しいことに挑戦したいスタートアップが商売を始める余地も失われてしまいます。新世界の最大の強みは、自分の土地で、自分の思いを込めて、自分で商売をしている人が多いことです。単なる投資対象として街を見ているのではなく、一人ひとりが商売や地域に対する熱い思いを持っている。その人間味こそが、新世界の魅力をつくっています。
地価が適正な水準に落ち着けば、若い世代や新たな挑戦者も、この街に飛び込みやすくなるはずです。新しい人や商売が加わり、街が少しずつ変わっていく。そうした新陳代謝を守ることも、これからの地域発展には欠かせないと考えています。
70周年から「第2ロケット」に点火へ
――今後、地域との連携をどのように発展させていこうと考えていますか。
高井社長: 通天閣が光り輝いて人を集め、集まったお客様を地域の皆さんとともに温かく迎える。どちらが欠けても、今の新世界は成り立ちません。タワースライダーなどの大胆な投資についても、広報効果を含め、すでに投資を回収できています。

私が入社してからの約20年間で取り組んできた第1段階のロケットは、完全燃焼しました。これからは、第2ロケットに点火するフェーズです。南海グループが持つ高架下や保有資産なども視野に入れながら、将来的には新世界全体を、まるで一つの巨大なテーマパークのように盛り上げていきたいと考えています。OMO7大阪(星野リゾート)や天王寺動物園など、周辺の事業者の皆さんとの連携も、その一環です。難波、日本橋、新世界、天王寺、阿倍野を結び、エリア全体を面としてつなぐネットワークをさらに広げていきたいですね。
将来的になにわ筋線が開通すれば、関西国際空港から都心へのアクセスがさらに向上します。一方で、このエリアを訪れることなく、素通りされてしまうのではないかという危機感もあります。だからこそ、ここに来なければ味わえない圧倒的な熱気や人間味をもっと磨き上げなければなりません。

通天閣は、私たちだけの力で立っているわけではありません。地域の皆さんに支えられて、今ここにあります。そして、レトロであることと、古いこと、汚いことを混同してはいけない。昔ながらの魅力を大切にしながら、街をよりよくしていくことが必要です。

次の100年、200年先へ持続可能な街とタワーを残していくために、 時代の変化の波をしなやかに乗りこなし、人々の営みや文化をどう守り、育てていくのか。70周年という節目に、ふんどしを締め直す。「新世界の中心から、大阪の愛を叫ぶんやで!」という気概で、大阪全体の元気を引っ張っていきたいと思っています。
(聞き手:すずまる/号外NET 浪速区・西成区)
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